教室への想い


はじめまして!

講師の小島夕和(こじま ゆうな)と申します🍀

福岡出身で、18歳の時に沖縄に越し、沖縄県立芸術大学を卒業いたしました。


私は4歳の時にピアノを始め、10歳の頃にはピアノの道を進むことを決めていました。

自分で言い出したわけではありません。

当時の先生に「音楽の道に進みたいなら、今年中に決めた方がいい」と言われたことがきっかけです。


しかし、10歳の私は、音楽の道に進むことがどれだけ厳しいことなのか想像できませんでした。

ただ、物心ついた頃からピアノを弾いていた私にとって、ピアノを弾かない生活は考えられず、「ピアノは絶対に辞めたくない」という一心で決断したことを覚えています。


高校生になると、音楽科のある高校に入学しました。

実技試験では、1位から最下位まで順位がつけられます。

公に張り出されることはありませんが、先生から順位と点数が書かれた細長い紙を受け取ります。

この経験は、私の音楽に対する姿勢に大きく影響を与えました。


音楽というのは、良い悪いを客観的に数字で表すことが難しいジャンルです。

技術的な上手い下手はありますが、表現方法に関しては個人の好みや解釈で評価が変わります。

当時の私は、何が減点なのか、逆に何を良いと評価されたのか分からず、自分の演奏の正確さばかりに捉われてしまいました。その結果、ピアノの楽しみ方を少しずつ忘れていき、練習に身が入らなくなっていきました。


大学に入る頃には、

「人にどう思われてるだろう」

「ミスしたらどうしよう」

そんなことばかりを考え、自分がなぜ音楽を続けているのか分からなくなっていました。

今更辞めるとも言えず、後ろ向きな気持ちばかりで胸が苦しくなり、家から出られなくなった時期もありました。


そんなとき、先生の勧めで取り組んだ曲があります。

ラフマニノフ:前奏曲集 第7番、

ドビュッシー:12のエチュード 第11番。

先生が私に合うだろうと選んでくださり、その通り、私はこの2曲に魅了されました。


楽譜を読み込むほど、表現したいことが溢れて、なんとか形にしようと、何度も自分の演奏を録音し、納得いくまで繰り返しました。


仕上がった演奏は、それまで取り組んだ曲の中で最も自分で表現を考え尽くした、納得のいくものでした。

技術的にはまだ未熟でミスもありましたが、晴れやかな気持ちで演奏を終えました。


このときに私はやっと思い出しました。

私が音楽の道に進んだのは、正確に演奏するためでも、人から上手いと思われたいわけでもありません。

ただ、ピアノが好きで、おばあちゃんになるまで弾き続けたかったのです。


それから私は、「自分が死ぬまでピアノを続けること」を最優先に、練習の方法を見直しました。


時間をかけてピアノと自分の心と向き合い続けた結果、私が今、日々意識していることは2つあります。

そしてこれは、生徒さんにも大切にしてほしいと思っていることです。




自分の生活と身体と心をまず大切に!
無理に時間を生み出す前に、練習したいと思える環境を整えること!


そして、

        自分が今何のために努力するのか           見失わない!



しかし、長く努力を続けていれば、死にものぐるいで頑張らねばならない時期もあれば、目的を見失っても止まるわけにはいかない時期も訪れます。

私も、最終的には今の考えに落ち着いたものの、睡眠時間を削ってがむしゃらに弾いてた時期も、音楽から離れたいと思った時期も、どちらも今の自分に至るために必要な過程で、宝物のような時間でした。

まずは、生徒さん自身がどうなりたいか、自分自身で考えてもらいたいと思っています。
急いで答えを探す必要はありません、考える癖をつけてほしいのです。
その上で、頑張りたいときは背中を押し、共に励みます。
疲れたときは、一緒に立ち止まります。
そのときそのとき、生徒さんが今何に葛藤しているのか、丁寧に向き合いながら、最適なサポートをするために、日々コミュニケーションを取るよう心がけています。
保護者の方々も、なにか気づいたことや気になることがあれば、お気軽にご相談いただければ幸いです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

少しでもこじまピアノ教室のこと、私の生徒さんたちへの想いをご理解いただければと思い、お話させていただきました。

生徒さんの幸せを、一緒に考えていけたら大変光栄です。